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12月のたそがれ

その空がいちばんきれい。

あきらめが肝心

あきらめるという響きが嫌いだ。

諦観なんて、老境にお似合いだ。

血気盛んな若者に、あきらめるなんて、できない。

 

あきらめる、というのは、他人をあきらめることだ。

仕事しないおじさんに対して腹を立ててしまうわたしに、周りの人は、あきらめちゃえ、という。その人に期待はするなということだ。でも、それはひどい話だし、あきらめきれない。だって、あきらめたら、そのぶんの仕事が自分に降ってくるのだから。とはいえ、あきらめなければ精神的に死んでしまう。

あきらめて肉体を苦しめるか、あきらめずに精神を病むか。

悩んだ末に、あきらむ=明らかにする、という古語のチカラを借りることにした。

おじさんの力を客観的に、明らかに見る。変な期待はしないで、ありのままを見る。期待と現実の落差が絶望を産むなら、そのギャップをなくしてしまえばいい。そうすればきっと、おじさんのいいところにも目がいくさ、たぶん。

結局のところ、周りの人がいっていたのは、こういうことなんだよなあとはた気づくも、真理なんて、自分で経験しなければ、わからないものなのさ。