祭りの思い出

小さい頃から祭りが嫌いだ。
ただでさえ歩きにくい下駄を履かされたうえに砂利道なんて歩くから、足がすぐに砂ぼこりでいっぱいになる。
人混みをかき分けて進まなくてはならないのに、親や友達はぐんぐん先に進んでしまう。
そのうえ、すずめの涙ほどの小遣いでは、真っ赤なりんご飴やきらきら光るおもちゃの腕輪なんて買えない。チョコバナナの屋台でじゃんけんなんて、夢のまた夢だ。
それでも金魚すくいはやった。スイミーみたいな黒い金魚や、ひれの大きな赤い金魚は取れなかったけれど、普通の、どこにでもいるようなやつなら、不器用な私でも大丈夫だった。
家に帰って水槽に入れて、すぐに死んでしまうもいたけど、五年も生きたやつもいた。死ぬたびに、アパートの植え込みにそっと埋めて、なるべく平べったい石を選んで暮石の代わりにした。

楽しい思い出もあったに違いないのだが、祭りというとどうしても好きになれない。祭りは嫌いだ。

いや、嫌い、というより、不安、という方が合っているかもしれない。
世界から一人取り残されたような孤独感と焦燥感。周りはやたらと人が多く、みんな変に陽気だ。
いつもと違う、ささやかな日常の調和が失われていくさまが、恐ろしい。

だから、大人になった今でも祭りに行くのが、あまり好きではない。
周りが楽しんでいればいるほど、どんどん怖くなってくる。

それでも、年に一度は何かの祭りにうっかり足を踏み入れることがある。
そんなときは、少し戸惑いながら、金魚すくいの屋台を眺めたりしている。