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12月のたそがれ

その空がいちばんきれい。

あきらめが肝心

あきらめるという響きが嫌いだ。

諦観なんて、老境にお似合いだ。

血気盛んな若者に、あきらめるなんて、できない。

 

あきらめる、というのは、他人をあきらめることだ。

仕事しないおじさんに対して腹を立ててしまうわたしに、周りの人は、あきらめちゃえ、という。その人に期待はするなということだ。でも、それはひどい話だし、あきらめきれない。だって、あきらめたら、そのぶんの仕事が自分に降ってくるのだから。とはいえ、あきらめなければ精神的に死んでしまう。

あきらめて肉体を苦しめるか、あきらめずに精神を病むか。

悩んだ末に、あきらむ=明らかにする、という古語のチカラを借りることにした。

おじさんの力を客観的に、明らかに見る。変な期待はしないで、ありのままを見る。期待と現実の落差が絶望を産むなら、そのギャップをなくしてしまえばいい。そうすればきっと、おじさんのいいところにも目がいくさ、たぶん。

結局のところ、周りの人がいっていたのは、こういうことなんだよなあとはた気づくも、真理なんて、自分で経験しなければ、わからないものなのさ。

ユングと悪口

興味がある、といってもアカデミックにとはいえないのだが、私はユング(1875-1961)の考えが好きだ。正確に言えば、河合隼雄の著作を通じて知ったユングが好きだ。

 

ユング心理学入門―“心理療法”コレクション〈1〉 (岩波現代文庫)

ユング心理学入門―“心理療法”コレクション〈1〉 (岩波現代文庫)

 

ユングは、人間の心を理解するために、自らの臨床経験から、性向の類型化を行なった。LINEやFacebookで見かける「性格診断」の類は、ユング心理学のなれのはての姿とも言える。

今回は、ユングが設定した類型を判別する1つの材料に、悪口が絡んでいるのではないか、というお話である。

ユングは、まず、「外向」と「内向」という2つの仕切りを設けた。

外向とは、自らの心の内部よりもむしろ外部に関心の中心があるタイプを指す。概して言えば社交的な性格といえる。精神疾患を発症するとしたら、ヒステリーを起こす。それだけ周囲が気になってしまう、ということだ。

内向とは、外部よりも内部に関心を寄せるタイプを指す。概して言えば、内省的な性格。精神疾患を発症するとしたら、神経衰弱になる。自らの内側の想念がぶつかりあい、消耗してしまうのだ。

これが第一の仕切り。このうえに、独立した4つの象限がある。

物事を判断する軸と、判断する以前に知覚する軸。この両軸が垂直に交わっている。

判断には、「好悪」と「因果」という異なるタイプがある。目の前の置物を見て、「かわいい」と思うか、「これは何で作られているのだろう」と考えるか。前者を感情型、後者を思考型という。

知覚は、感覚型と直観型に分かれる。置物の例でいえば、感覚型の人間はその滑らかな曲線に関心を寄せ、直観型の人間は置物をきっかけにして、置物とは全く関係のないヒラメキを起こす。

この4類型の分け方のうち、自らがどこに位置するのか。言い換えれば、最も重きを置いている力は何であるのか。

これを調べるために心理テストで何問も問題を解くわけだが、最近思うに、それは、人が頻繁に使う悪口を聞けばある程度わかるのではないだろうか。

というのは、私の友人の「最低の悪口」は、バカでもアホでもなく、「気持ち悪い」なのだ。音楽や絵画の才能がずば抜けていることを思いあわせると、この友人はおそらく感覚型だろう。少なくとも私は、「気持ち悪い」を悪口として他人に用いることはあまりないし、それが最低の悪口とは全く思わない。

私にとっての最低の悪口は、大きな声では言えないけれど、「理解できない」「頭悪いな」だ。ここまで書いてきてその通りだと思うが、私は思考型。もし「嫌い!」と来れば感情型だろう。

悪口は、自らの価値観の表明でもある。なるべくなら、別の手段を通して知りたいものだ。

 

唯一、直観型の悪口はなかなか思い至らない。周りに直観型の人間が少ないせいもあるだろうし、そもそも私のユング心理学への理解が最も及ばない領域でもあるため、ここは謎のままだ。

 

 

 

ことの本質(これから)

大事だと思うけれど今の自分にはできない……。そんなことを書き出して、向かう未来の道しるべを整理するコーナー。随時更新予定。裏返すと今のわたしになります。ぞわわ。

主に、本で読んだことと、親しい人から聞いたこと。身にしみる言葉を残してくれる人がいる幸せを、かみしめないといけない。1番目は我が母です。

 

・叱られるうちに直さないと、そのうち誰からも叱られなくなるよ。

・たまには力を抜いて、別のことを考えよう。

・過去と未来ではなく、いま、この瞬間を感じて生きていく。

・怒りは幼稚な自己表現。

・自分に対する自信がその人を輝かす。

・笑う門には福来る

・ミスを指摘する前に、まずはほめる

・依存関係と恋愛関係は異なる

・自己卑下は謙虚の履き違え

・エネルギーはスピードの二乗に比例する(仕事の成果は質だけでなく素早さも大事)

・承認欲求を捨てろ。(アドラー)

・世の中、諦めが肝心。

・人間には限界がある。自分にも、他人にも。

・人間は究極のところ1人だということがわかれば、だれでも赦せる。(マスターキートン)

・他人に関心がある人などいない。だれもが自分に関心を寄せている。朝も、昼も、夜も。(カーネギー)

中之島図書館がたいへんカッコいいという話

大阪に遊びに行く機会があったので、学生時代にひとめぼれした中之島図書館に行ってきた。

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 明治37年完成。ギリシャ様式の堂々たる門構え。ちょうど、京阪淀屋橋駅から歩いて5分くらいの距離にある。

(もしも京都方面から来るなら、淀屋橋駅ではなく、あえて大江橋駅から降りてほしい。中之島線の木張りの駅の美しさも同時に堪能できるためだ)

その日は休館日のため、入り口からちょっと入れるだけだったが、入れるは入れた。

足を踏み入れると、ドラマの撮影に使われそうな階段がお出迎え。

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そして、上を見上げると……

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天井がドームになっていて、そこにステンドグラスがはめてある。球体の天井に幾何学的な円の装飾。にくいね、三菱!

写真では見えにくいが、階段が壁沿いに走っていて、それを下から見上げるのがおもしろい。

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階段の手すりはもちろん彫刻で覆われており、壁の窪みには人物の彫刻像がそれを登る人を見下ろしている。

明治時代の、手を抜かない装飾を見ていると、自分も現代でがんばらなければ、と激励されるような気持ちになる。

今日からも、がんばるぞー! 

そして、また来ようっと。

ことの本質(仕事)

仕事をするうえで原則にしていることを日々更新していく。

 

・体力ではなく知力で解決しよう。

・ツールとフローの両方を改善しなければ、余剰労働力は生まれない(片方だけでは、回る、だけの状態になる。)

・回る、というのと、うまくいっている、という状態は全く異なる。

・業務領域は、明確に設定する。

・業務領域が明確になると、それを担当する個人にノウハウが集結するため、統一的な見地から物事を判断できる。

・業務領域を言葉で表すことで、業務の属人化を防止できる。ノウハウの明文化は難しいにせよ、何の仕事をしているのかは、必ず明文化する。

・常にだれかに仕事を引き継げる状態にしておく。

・業務領域が曖昧(=みんなでやろう)は責任が曖昧になるため、「やるべきだが、やらなくても咎められない」仕事を生み出す。

・重要ではあるが緊急ではない仕事を確実に実行するには、責任者が必要だ。

・目標とは、到達地点と締切の2点セットである。後者を忘れない。

・報告は、成果+過程の両方を伝える。

・1分間賞賛を忘れない。

 

ことの本質

人生の中で、本質的な価値観を、1つずつ掬い取っていきたい。

 

・物事には本質がある。

・意見を述べる時に、それが、誰かへの怒りを伴った反論であるなら、満足な答えではない。

・交渉おいては、知る→理解する→納得する、の三段階のうち、納得はできないが理解はできる、という領域を双方広げたい。

・悩むな、考えろ。

・答えを出せる形に問いを書き換えていくことが、建設的な思考というものだ。

・答えを与えるのではなく、問いを与えよ。

・答えは相手の中にある。

・相談の9割はしゃべっているうちに自己解決する(しゃべりたいだけ)。だから、建設的な意見を返すよりも、とことん聞いてあげたらよい。

・悩み事がいっぱいあると思うときは具体的に数える。そうするとたいてい5つ以下に収まる。

・だれもが運命の砂嵐の中にいる。

・人生に貴賎なし。

ツールとフロー

新人のころの上司に言われたことば。

仕事をだれかに任せるためには、ツールとフローの両方が必要や。どっちかがかけても、うまく仕事は回らん。

かなりいいことばだと、思っている。

まずはフロー。営業をするにも、どのような段階を設定するか。大きな仕事をいくつかに分割して、手順を決める。非定型業務を定型業務にする。

そしてツール。各フローの遂行に便利なツールを用意する。報告書の体裁を予め整理しておく、という小さなことから、報告書をまとめるデータベースの構築まで、幅は広い。

このどちらが欠けても、仕事が回っているように見える状態にはなるが、失敗の連続になりがち。両方そろわないと、効率は上がらない。

ただ、世の中にはツール人間とフロー人間に分かれていて、なかなか両立は難しい。

デスクワーク中心の人間はツールを頼りがちだし、対人折衝中心の人間はフローに力を注ぎがち。孔子の説く中庸への道は、遠い。