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12月のたそがれ

その空がいちばんきれい。

今日の晩御飯

パスタ

熱した油に鷹の爪を入れて、小松菜とプチトマト、ツナ缶を入れてスパゲティと和えました。油は便利なこれを使ってみた。

 

 ほどよくガーリック風味で、便利。いつでもペペロンチーノが作れる。

 

無限ピーマン

後輩に教えてもらったレシピ。ピーマンの千切りとツナ缶に中華スープの素とゴマ油を入れて、レンジでチン☆

パスタでツナ缶を使ったあまりで作れます。ピーマン独特の苦味を全然感じずに、無限にピーマンが食べられる。

 

自炊しないと、コンビニ人間になっちゃうからなあ。

 

 

コンビニ人間

コンビニ人間

 

 

 

 

今日のみそ汁

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今回は、春、ということで、タケノコです。ジャジャーン。

本当はワカメと合わせたかったのですが、ちょうど切らしていたので、豆苗で代用。でもこっちの方が青みがきれいだから、それはそれでgood。

でも、タケノコそのものはあまり味がしない(国産だけど安物)ので、次回作るなら油揚げをあわせるかな! タケノコごはんのセット!

春野菜もそろそろ終わるし、夏がやってくる。

 

はなの舞でごはんセットを頼んで初めてわかったこと

ごはんがあるのか うん!

そうかそうか

そうなれば話が違う

ここに並んだ大量のおつまみがすべておかずとして立ち上がってくる

孤独のグルメ』第4話 東京都北区赤羽の鰻丼

この五郎ちゃんの台詞は、本当だったんだ。おつまみ、たしかに、立ち上がってきた。焼き明太子。たこわさ。鳥の唐揚げ。海老の天ぷら。アジのたたき。

五郎ちゃん、下戸にも居酒屋は楽しい場所だってこと、教えてくれてありがとう!

一度やるとまたやりたくなってしまう。たこわさ、ごはんに合うなあ。ちなみに、向かいで友達はビールを5杯飲んでました。飲めるのもいいよねー。

ではでは、おやすみなさーい!

孤独のグルメ 【新装版】

孤独のグルメ 【新装版】

 

 

 

文学研究者と美術評論家:文学部不要論に寄せて

文学研究者と美術評論家とは相似の関係にある。両者は、自らは芸術を生み出さない。作家ないし芸術家が生み出したものに解釈を加えるのが役目だ。考えようによっては、芸術家さえいれば芸術は発展していくのだから、解釈を専門に行う人間など必要ないようにも思える。

しかし、と考えてみる。

美術館に遊びに行った時に、解説が全くない状態で作品を見て、素直に心を動かせる人間というのは、案外少ないのではないだろうか。たいていは、作品の説明を見てはじめてその作品の工夫に気づいたり、込められた意図に驚いたりするのがふつうのように思われる。また、美術品が雑然と並んでいるよりも、企画展のように、まとまって配列されている方が美術鑑賞はおもしろみが増す。こうして、企画展の来場者をどこまで増やせるかが、美術評論家の腕の見せ所だ。

文学研究者が書く論文とは、まさにこの、企画展そのものではないかと思われる。作家の作品をどれだけ読み手におもしろいと思わせるか。それが、文学研究者の腕の見せ所であり、一番の仕事だろう。

私の恩師がかつて言っていた。中国文学がほかの文学ほどに世の中で愛されていないのは、まだまだ研究の質が低いからだと。

質の高い研究とは、大人気の企画展を指すと考えれば、この言葉はすとんと腹に落ちてくる。

文学研究、ひいては文学部は不要だ、という向きも聞かれるが、世の美術館から企画展が消滅してしまったら、残念がる人はけっこういるわけで、それだけでも存在する価値は、十分にあるように思われる。人が、知的発見に喜びを感じる限り。

なーんて、固いことを考えたら眠れなくなりました。おやすみー。

 

ゼルダの伝説最新作クリア

※ネタバレを含みます※

 

はー、楽しかった!

3年前に「WiiUで新作ゼルダが出る!」と聞いてWiiUを買ったのに、毎度のことながら発売日がどんどん後ろ倒しになり、ここまで至った。

待ったかいがあったなー!

今回は、今までにないゼルダ、というコンセプトのとおり、たしかに一味違った。

  • 武器の幅が増えた。今までは剣のみだったが、本作では槍や斧が登場。風のタクトのときにモリブリンの武器を一時的に奪うことができたけれど、あれが正式にアイテムとして装備できるイメージ。戦い方に幅ができた。
  • 回復や各種効果を得るために料理をする。このへんもあわせて、ややモンハンをリスペクトしているように思える。それはそれでいい。
  • 大きなダンジョンは4つだが、オープンワールドなのでどの順に攻略してもよい。
  • 山や崖、すべてに這い上ることができるから、正規の道を通らなくて、無理やりに山越えをするルートを開拓することも可能。
  • ダンジョンは謎解き中心で、敵はほとんど出てこない。代わりに平原に敵がうようよしていて、中ボス相当の敵も平原で出会うことになる(こういう役割分担は新鮮だったが、ダンジョンがあまりに簡単になっていて、少し物足りなかったかも)。
  • ハートのかけら相当のものは、すべてミニダンジョンで手に入る。これはこれで楽しい。
  • 財布の上限が最初から無限。その代わりに物価が著しく高い。ゴロンの服相当の防具を買うのに平気で1000ルピー以上する。インフレ世界。ちょっとめんどう。
  • 風のタクトの相当あとの時間軸らしい。ナボールの名前が出てくるあたり、時のオカリナもふまえていて心憎い。ゲルド族が久々の登場。
  • もはやガノンが「歴史的に何度も復活してくる災厄」という存在になっていて笑える。
  • ゼルダ姫がメンヘラ。
  • 緑色の服が出てこない。
  • 相棒がいないからちょっとさみしい。
  • ラスボスが少しあっけない。ガノンにもおしゃべりしてほしかったけど、今回のやつは完全に無言でした。ドロフ様がしのばれる。

 

 

 

 

あきらめが肝心

あきらめるという響きが嫌いだ。

諦観なんて、老境にお似合いだ。

血気盛んな若者に、あきらめるなんて、できない。

 

あきらめる、というのは、他人をあきらめることだ。

仕事しないおじさんに対して腹を立ててしまうわたしに、周りの人は、あきらめちゃえ、という。その人に期待はするなということだ。でも、それはひどい話だし、あきらめきれない。だって、あきらめたら、そのぶんの仕事が自分に降ってくるのだから。とはいえ、あきらめなければ精神的に死んでしまう。

あきらめて肉体を苦しめるか、あきらめずに精神を病むか。

悩んだ末に、あきらむ=明らかにする、という古語のチカラを借りることにした。

おじさんの力を客観的に、明らかに見る。変な期待はしないで、ありのままを見る。期待と現実の落差が絶望を産むなら、そのギャップをなくしてしまえばいい。そうすればきっと、おじさんのいいところにも目がいくさ、たぶん。

結局のところ、周りの人がいっていたのは、こういうことなんだよなあとはた気づくも、真理なんて、自分で経験しなければ、わからないものなのさ。

ユングと悪口

興味がある、といってもアカデミックにとはいえないのだが、私はユング(1875-1961)の考えが好きだ。正確に言えば、河合隼雄の著作を通じて知ったユングが好きだ。

 

ユング心理学入門―“心理療法”コレクション〈1〉 (岩波現代文庫)

ユング心理学入門―“心理療法”コレクション〈1〉 (岩波現代文庫)

 

ユングは、人間の心を理解するために、自らの臨床経験から、性向の類型化を行なった。LINEやFacebookで見かける「性格診断」の類は、ユング心理学のなれのはての姿とも言える。

今回は、ユングが設定した類型を判別する1つの材料に、悪口が絡んでいるのではないか、というお話である。

ユングは、まず、「外向」と「内向」という2つの仕切りを設けた。

外向とは、自らの心の内部よりもむしろ外部に関心の中心があるタイプを指す。概して言えば社交的な性格といえる。精神疾患を発症するとしたら、ヒステリーを起こす。それだけ周囲が気になってしまう、ということだ。

内向とは、外部よりも内部に関心を寄せるタイプを指す。概して言えば、内省的な性格。精神疾患を発症するとしたら、神経衰弱になる。自らの内側の想念がぶつかりあい、消耗してしまうのだ。

これが第一の仕切り。このうえに、独立した4つの象限がある。

物事を判断する軸と、判断する以前に知覚する軸。この両軸が垂直に交わっている。

判断には、「好悪」と「因果」という異なるタイプがある。目の前の置物を見て、「かわいい」と思うか、「これは何で作られているのだろう」と考えるか。前者を感情型、後者を思考型という。

知覚は、感覚型と直観型に分かれる。置物の例でいえば、感覚型の人間はその滑らかな曲線に関心を寄せ、直観型の人間は置物をきっかけにして、置物とは全く関係のないヒラメキを起こす。

この4類型の分け方のうち、自らがどこに位置するのか。言い換えれば、最も重きを置いている力は何であるのか。

これを調べるために心理テストで何問も問題を解くわけだが、最近思うに、それは、人が頻繁に使う悪口を聞けばある程度わかるのではないだろうか。

というのは、私の友人の「最低の悪口」は、バカでもアホでもなく、「気持ち悪い」なのだ。音楽や絵画の才能がずば抜けていることを思いあわせると、この友人はおそらく感覚型だろう。少なくとも私は、「気持ち悪い」を悪口として他人に用いることはあまりないし、それが最低の悪口とは全く思わない。

私にとっての最低の悪口は、大きな声では言えないけれど、「理解できない」「頭悪いな」だ。ここまで書いてきてその通りだと思うが、私は思考型。もし「嫌い!」と来れば感情型だろう。

悪口は、自らの価値観の表明でもある。なるべくなら、別の手段を通して知りたいものだ。

 

唯一、直観型の悪口はなかなか思い至らない。周りに直観型の人間が少ないせいもあるだろうし、そもそも私のユング心理学への理解が最も及ばない領域でもあるため、ここは謎のままだ。