12月のたそがれ

その空がいちばんきれい。

「保育士は誰でもなれる」について

保育士は誰でも出来る仕事なのか...ホリエモンの発言が波紋を呼んでいる - NAVER まとめ

ホリエモンが「保育士の給料がなぜ低いのか」という問いに「だれでもできるから」と回答したという話。

 

批判が集まってるのですが、大切な指摘だと思いました。

というのは、ホリエモンは、「給料が安いのと、仕事が大変なのは別の話」だとしているからです。「保育士はだれでもできる、ラクショーな仕事」と言ったわけではない。

 

さて、この問題提起の底には「なぜ客は保育園に高いお金を払わないのか」があると思います。客が払うお金が多ければ保育士の給料は上がるはずですが、そうではないのはどうしてか。

 

保育士に子供を預ける親としては、保育士に望む第一の役割は「親の代わり」。親である自分は無給で働いているわけだから、その「代わり」に高いお金を払おうとは、なかなか思いにくいですよね。だから、ふつうの保育園の保育料は安いわけです。保育士の仕事が大変なことは、預ける親自身がよくわかっているわけですが、よくわかるだけに、高いお金は払わない。

かえって、体育に力を入れているとかとにかく勉強させるとか、「親の代わり」を超えたサービスを提供する保育園はとても高い。

 

ということで、高いお金がもらえない保育園で働く人の給料は当然低い。

給料を増やすには、働く人数を減らして、一人当たりの給料を上げるしかない。

だから、業務効率化が必要という流れ。

 

そして、業務効率化というと「子供との時間は効率化できない」と思う人も多いけれど、保育園が組織である以上、「組織を組織として保つ仕事」がたくさんある。いわゆる事務仕事ですね。ここをまず効率化できれば、とても便利なわけです。そういう意味での効率化が必要なんだと思います。

 

教育機関での業務効率化は、本当に必要。

それは間違いない。という話。日々辛いんだよな、自分が。結局いつものとおり、自分のグチです。わーん。

 

あとは、保育士の給料を上げるには、お母さんの無給状態をなんとかするというアイデアもありますね。家族がお母さんに毎月20万円払うようになれば、その代わりを頼むときにお母さんは保育園に高い金額を出すようになるかも。なーんてね。お母さん、ほんとにありがとう。いつか恩返しします。

大人になるための訓練

人間の完璧さは、限定的なものである。神のように、際限なく完璧になることはできない。

他人が他人に求める完璧さも、限定的なものだ。求める者が限定する分野における、限定的な質の完璧さの実現が求められる。

応えようとする者は、その限定の仕方に困惑したり、安心したりしながら、その求めに応えていく。限定する範囲・質が、両者にとって等しければ、2人は幸せである。

ただ、往々にして、その逆の方が多い。

そのギャップを埋めるためには、両者は歩み寄らなければいけない。

ところが、限定完璧性は実は恣意的なものだから、なかなかわかりあえない。めんどうなのは、それが恣意的だと、当人たちは思っていないことだ。

だから、気づいた側から、恣意的な限定を外して、別の限定を受け入れなければいけない。

なんで自分が譲らなければいけないのかと歯がゆく思うところではあるが、それが、大人になるということだ。

まだ子どもでいたいけれど、しかたがない。訓練の日々だ。

今野敏『隠蔽捜査』

久々に「半沢直樹」シリーズを読み返して、何か別の勧善懲悪モノを読みたく思って手にとってみた。

原理原則に忠実な「変人」警察官僚を主人公に据えた警察ミステリー。組織の隠蔽に待ったをかける主軸の裏で、仕事に忠実に生きる人間が直面する家族問題が描かれる、二重螺旋のストーリーが光っている。

主人公は「いかに正しい官僚としての仕事を全うするか」を基準に、ひたすら理詰めでモノを考えていくため、妥協を全く許さず、いわゆる「綺麗事」を「本音」として語り、そして実行していく。ちょっと友達になりたくないタイプだが、裏表ない性格に自然と共感してしまう。

続編も読んでみようかな。

 

隠蔽捜査(新潮文庫)

隠蔽捜査(新潮文庫)

 

 

 

新人マネージャーの嘆き

先輩がマネージャーに昇格して悩んでいる。現場を離れ、調整業務ばかりになり、自分が何に向いているのかわからなくなったという。

これまで上司に文句を言ってきたけれど、身近なマネージャーの繊細な悩みを聞くと、僕も態度を改めないといけないなあと、反省しました。

 

彼曰く、

上司も人間だ!

 

肝に命じて、少しずつ、相手を立てる人間に、なれるようになりたいなあ。

道はまだまだ険しいサラリーマン人生であった。

後編へ続く(キートン山田ふうに)

 

党議拘束と小選挙区制

池上彰さんが指摘していたこと。

アメリカの議会には、党議拘束がないため、議員1人ひとりが法案に対して賛否を表明する。

しかし、日本の議員は党議拘束があるため、党首の意見に従うのみである。

党議拘束を破ると、選挙で公認をもらえないため、議員は党本部に逆らえない。

こうして、国会は内閣の追認機関になっていく。

 

そうか、理論的には日本は三権分立だけど、それが機能していないように見える1つの理由には、党議拘束があるんだ。

もちろん、党議拘束がないアメリカでは、利益集団政治になりやすいという批判もあるため、一概にはいえないけれど、はっきりしているのは、党議拘束は、法律で規定されていない事項であって、実は、民主的手続きを経ていない。それが、民主主義を阻害しているというのは、肯首できる。

 

世論調査リテラシー:新聞読み比べ

憲法記念日にちなんで憲法改正世論調査が実施されました。

改憲賛成/反対が増えている!」と新聞に書いてあると、「そうか、世間のみなさんも賛成/反対なんだな、ふむふむ」と無意識のうちに受け止めがちですが、実際はどうなのでしょうか?

そこで、各新聞の世論調査を見てみましょう。

見出し→引用→URLの順にコピペします。

 

(1)日本経済新聞(賛45:反46)

本社世論調査 憲法改正、賛否が拮抗
施行70年、改憲支持伸びる

憲法改正(総合2面きょうのことば)について「現状のままでよい」が46%、「改正すべきだ」が45%で拮抗した。

昨年4月の調査と比べると、現状維持が4ポイント減って改憲支持が5ポイント増え、その差が縮まった。

http://mw.nikkei.com/sp/#!/article/DGKKASFS02H1S_S7A500C1MM8000/

 

(2)毎日新聞(賛48:反33)

改憲に賛成48%、9条改正反対46%

憲法を改正すべきだと「思う」という回答は48%、「思わない」は33%だった。

昨年4月の調査では、憲法を改正すべきだと「思う」と「思わない」が42%で並んでいた。今回は「憲法の施行から70年にあたる」と明示したうえで質問したため、単純には比較できない。

https://mainichi.jp/articles/20170503/k00/00m/040/195000c

 

(3)朝日新聞(賛41:反55)

現行憲法「日本にとってよかった」89% 朝日世論調査

憲法を「変える必要はない」は50%(昨年調査は55%)に対し、「変える必要がある」は41%(同37%)だった。

新たに有権者となった18~19歳も今回から調査対象としたため、過去との単純な比較はできないが、14年調査から4年連続で憲法を「変える必要はない」が「変える必要がある」を上回った。ただ、その差はやや縮まった。

https://www.asahi.com/amp/articles/ASK4L528LK4LUZPS004.html

 

(4)読売新聞(賛49:反49)

施行70年、憲法の役割「評価」89%

憲法を「改正する方がよい」との回答は49%、「改正しない方がよい」は49%で、賛否が拮抗した。

前回調査(2016年1~2月)は「する方がよい」49%、「しない方がよい」50%で、大きな変化はなかった。

http://www.yomiuri.co.jp/feature/TO000302/20170428-OYT1T50166.html

 

(5)産経新聞(賛52.9:反39.5)

改憲機運再上昇 11月に続き「賛成」52・9%

憲法改正に「賛成」と答えた人は52・9%だった。昨年11月に続いて過半数となり、憲法施行70年を前に改憲機運の高まりを裏付けた。「反対」は39・5%だった。

https://www.google.co.jp/amp/www.sankei.com/politics/amp/170417/plt1704170031-a.html

 

いかがだったでしょうか?

世論調査というと、「世間の考え」と見なしがちですが、その「世間」は切り取り方によって変わるものです。

賛否の割合は、各社によって大きく異なります。

●賛成が多い:毎日、産経

●賛否拮抗:日経、読売

●反対が多い:朝日

見出しのつけ方にも、日経と産経が「改憲支持が伸びている」ということを明記しているのに対して、朝日と読売は「今の憲法が支持されている」と書いています。それぞれの新聞社の改憲への姿勢が露出しています。

 

このように、「世論調査では〜」と言われると、「そうか、みんなもそう考えているのか」と思い込みがちですが、その「みんな」はメディアが作り出した「みんな」であることを忘れないようにしたいですね。

 

はい、社会科の授業でした〜。

 

 

隗より始めよ、教育改革

センター試験が廃止になり、記述式の試験に取って代わるという記事が教育欄を踊っています。自ら考える力が大切だ、というのが改革の趣旨なので、今回は、以下の京大教授の記事に意見してみたいと思います。

昨今の若者だけが、どこで思考力の芽を摘まれたか?私は大学入試特にセンター試験を頂点とする現在の日本の教育システムがすべての元凶と信ずる。理科や数学を例にとると、時間は掛かっても別の解法を見つける能力や、公式を用いず原理から解を導く能力が将来役に立つはずである。ところが現在の教育システムでは、……(以下略)

https://www.t.kyoto-u.ac.jp/publicity/no65/essay/201605shirai

このような論調で、先生はセンター試験を批判していくのですが、ちょっと待った!

それならわざわざセンター試験を変える必要はあるのでしょうか?

センター試験の受験者は50万人。一方、京大の受験者は1万人。新しい試験は、運用面が非常に危ぶまれています。それなら、京大の入試問題を変えたらどうでしょうか?

先生の求める力を持った学生を育てたいなら、京大数学の入試問題に、

以下の問題に答える際には可能な限り別解を付せ。

という記述を追加するだけでよいはずです。

全問別解ありにすると大変なので、大問の数を1つ減らして、代わりに「ひたすら別解を挙げる問題」を足す、という方が現実的かもしれません。

これなら、既存の採点の仕組みにも問題なく乗っかるし、京大には頭が柔らかい人が入ってくるし、大学・受験者のwinwinになるのではないでしょうか。

何より、京大生は、こういう問題、大好きですよ。

 

さて、今回の記事を書いているのは評論家ではなく大学の(元)教官です。

大風呂敷を広げる前に、まずは小さくできることから挑戦してはどうかと思います。